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「サマー」と聞くと、いまだに小学生の頃の夏を連想する。
その残像/残響には、旗の台にあった小さな郵趣店のなかで自分の小遣いではとても購うことのできない高価格の記念切手などをながめている私(と友達ふたり)がいて、 向いの化粧品店から Mr.サマータイム時間よ止まれ が(交互に)エンドレスで流れているのである。

その日はとても暑い日であったが店内は大層冷房が効いていたので、 「第n次国立公園シリーズ」「切手趣味週間」「東京オリンピック」「国際文通週間」などのシリーズ物、また、戦中発行の「大東亜戦争第一周年記念」「満州国建国10周年記念」、終戦後発行の「日本國憲法施行記念」「産業図案切手」などなどを、このままずっと眺め続けていたいなあと思ったのであった。

それから幾十年後に読み始めた 『失われた時を求めて』 の一節からも――残念ながらそれに出会ったのは夏ではなかったのだが――あの日、旗の台の小さなお店でのことが静かに想起されたのだった。

以前にコンブレーの食品雑貨店の店先におかれていたような 『ノートルダム・ド・パリ』 やジェラール・ド・ネルヴァルの作品の分冊本を、何よりもよく思いださせるものは、川を司る神々に支えられた花模様の四角い枠に囲まれている、〈水道会社〉の記名株なのである。(鈴木道彦訳)