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ソ連をはじめとした東側諸国は器械体操の天才が大勢いたように記憶してをり、その「器械」からの連想だったのかもしれないが、あちらの人間はまるでロボットであるかのような印象を持っていた(持たされていた)記憶もある。

また、それを増幅させんとした映画のひとつにスタローンの『ロッキー4』もあったかと記憶している。

「しかし」なのだが、俺が赤ん坊だった頃一世を風靡していた漫画『巨人の星』では大リーガー・オズマが野球ロボットとして描かれていたのである。

「お前も私と同様の野球ロボットではないかHAHAHAHAHA!」と嘲笑するオズマの幻影におびえた星飛雄馬は己が人間であることを証明するために花形や左門などのライバルをも招待したクリスマスパーティーを(巨人軍の寮で)催すが、その当日、当該ライバル2名はおろか女房役の伴宙太や実姉・明子もやって来ず、怒りと絶望のあまり特注のクリスマスケーキをなぎたおし、室内をしっちゃかめっちゃかにするシーンを覚えておられる方も沢山おありではないかと思う。

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日本ではベートーベンの第九(歓喜の歌)を年末に合唱するひとたちがいることを聞いたドイツ人女性が「わたしたちはベルリンの壁が崩壊したときのような特別なときにしか合唱しないわ」と云ったらしいことをどなたかの twitter だか blog だかで目にしたことがあった。

ここで何度か記したかと思うが、俺にとってのバブル経済期はベルリンの壁崩壊とソ連邦の終焉がセットであり、昭和天皇崩御しあまつさえ俺自身がまだ大学生だったということもあり、仮令この先似たような経済状況(あるいはそれ以上のよき経済状況)となったとしても、あのときのような、「俺はいま時代の転換期を生きて居る」感をもつことはありそうもないことのように思われる。

とはいえ、日本国民が未曾有の好景気に沸くなか、イスラエル分離壁がとっぱらわれ、中国が新疆・チベットの支配を完全放棄し、アメリカが広島・長崎への原爆投下を公式に謝罪し在日米軍も撤退させ、日本と韓国と中国が鉄道で結ばれ、ユーロアジアと東アジアがパスポートフリーとなり、そんなこんなで一丸となってエイリアン(宇宙からの侵略者)と対決する、みたいな状況になれば別かもしれない。