幼児のころの俺は母親が突然どこかへ消えてしまうのではないかとビクビクしていた。
たしか6歳の頃だと思うけど、失踪した母親を探し当てて「おかあさん!」と呼びかけると、「ボクは誰? わたしはあなたのおかあさんじゃないのよ」と、そのひとに返答される夢を視たのを記憶している。
その部屋は、当時住んでいた白目高さんちのアパートそっくりで、日没間じかの時間なのに電燈が消えていて、庭のガラス戸の光がぼんやりとしている寂しい光景だった。
でも夢から覚めた俺は、たとえ母親が死んだとしてもこことは違う場所に母親そっくりな女性が存在するのに違いない気がして、なんとなくホッとしたことを記憶している。