『実践批評』

I.A.リチャーズ『実践批評』 英語教育と文学的判断力の研究、坂本公延 訳、みすず書房

忸怩たるかな、読み止し状態で返却。

原テキストが難物なのだろうか、決して読みやすい訳文ではない。

裏表紙の惹句にある『オックスフォード文学辞典』の引用部分は、かなりジャーナリスティックであり、当訳書を読む限りでの印象と齟齬を感じる。リチャーズは学生の思い込みや浅薄な知識の開陳に容赦してはいないけれど、別段驚いたりはしていない(と思う)。

「(...)多数の学生が、ジョン・ダンD・H・ロレンス、G・M・ホプキンズを非難して、S・ケネディやJ・D・C・ペリューを褒めているからである。」とあるが、当訳書には“付録:B「学生諸君の十三篇の詩に寄せる人気の分布表”が割愛されているようなので「多数」の含意が判らない。実数ベースで(予想以上に)多数だったのか、単純に割合のことなのか......。一読した限り決して圧倒的な偏りがあるという印象は抱かなかったのだが。

まあ、そんなことは瑣末だろう。

リチャーズが掲げた批評の分析軸は以下である(引用させていただきます)。

「四種類の意味」 pp91-92

発話内容(センス)――人は何かを告げるために語り、その聞き手は何かが語られるのを期待する。言葉は、その聞き手の注意を或る事態へ誘導したり、必要事項を示すことで、相手に考えさせるために使われる。

感情(フィーリング)――しかし、人はたいてい前述した項目と言及する事態に或る感情を抱く。それらへの態度や、特別な方向性とか、偏見をもち、やけに強い興味とか、贔屓目や色眼鏡を掛けて眺めるが、言葉はそんな感情や興味の色合いを表すために使われる、聞く側では、その感情をあるがままに、もしくは間違って捉える点に、認識上の込み入った部分がありそうだ。話者が自分の話題に対する感情を意識しているか否かは別にしても、そのよになる。ここでは、普通の状況を話をしているので、感情が入らない特殊な場合なら、数学などをすぐに思いつくだろう。

調子(トーン)――さらに、話者は、聞き手を意識するのが普通で、相手次第で言葉を選ぶが、それも相手との関係意識の濃淡に左右される。その際の言葉の調子は、この関係の自覚、つまり自分と相手との立場意識に左右される。例外的に、とぼけて見せる場面や、思わぬ態度に出てしまうことも、ままあるようだ。

意図(インテンション――最後に、これまでの発話内容、感情、調子とは別に、話者の意図、意識的ないしは無意識的な目的、助長したい効果がある。ふつう話者は目的のために語り、この目的が話の内容を規制する。その点の理解が、意味を理解する全作業の一端となる。話し相手の発話内容が判らないと、こちらとしてはその成功度を評価できない。一方、このような理解を怠る読者に出合うと、気の弱い作家などは絶望してしまう。もちろん、ときには作家も自分の思想のみを述べるのが、その目的の場合もある。あるいは自分の思考内容に対して、「万歳」とか「畜生」などと感情を表す場合や、聞き手に自分の態度を示すだけのこともあるが、この最後の場合には、愛情とか罵倒の領域に入る。しばしば、作家の意図は詩全体に作用し、他の機能と手を繋ぐが、他の機能による効果に頼らない独自のものもある。たとえば、議論の要点を強調する主役を努め、取り合わせを決め、「対照するために」とか「そんな風に考えないように」などの表現を使って、読者の気を引く。広義の意味で「プロット」を制御し、作者が「手を隠して見せない」ときに作用するから、劇的ないしは劇に準じる作品では、特に重要になる。このように、作者が用いる言語への影響の点で、前述の三種類のものと較べると、付加的で、独立しているから、別個のものと考えたほうがよいだろう。

このテキストに触発されて桑原武夫はかの「第二藝術論」をものしたらしいが、当『実践批評』の内容とは殆ど関係が無いと言っていいだろう。あくまでも、キッカケに過ぎなかったという逸話レベルのものだ(......一応、もう一度確認してみます)。

ところで、当書に出題されている一篇の一語に、【limn】:描く、が出てきた。
これは最近、wikipediaで「Michiko Kakutani」を検索したときに知った語だ。

ニューヨークタイムズの批評家であり、容赦ない批評姿勢に定評のある彼女が格式ばった言い回しを好み、わざわざこの文語を使うことから“limn-reviewer”と揶揄されることがあるとのこと。我国にもそのような批評家(作家)への当てこすりがあったように思うけれどなんだったけ、忘れた。


とりあえず今日は、川崎寿彦『分析批評入門』(至文堂)を借りてきたが、本がボロボロ状態だ。早速ページの一葉が抜け落ちてしまったではないか! 返却時には修繕・再製本が必要なことを伝えよう。


実践批評―英語教育と文学的判断力の研究

実践批評―英語教育と文学的判断力の研究