図書館で[051*]の棚をながめると田豊一『出版人に聞く12 『奇譚クラブ』から『裏窓へ』』が眼に入ったので直ちにそれを手に取り頁を開くと、飯田豊一という方が伝説的な変態愛好雑誌『奇譚クラブ』の寄稿者であり、また、同趣の雑誌『裏窓』の編集長をつとめた、緊縛師・濡木痴夢男(昨年九月逝去)の本名であることに気付いたので、もしかするとジャパノイズの雄・秋田昌美についてなにがしかが言及されているのではないかと期待し、借り出しせずにそのまま館内で読了した。残念ながら秋田昌美については一言も触れられていなかったが、終戦後から現在に至るまで性文化の裏街道をまっすぐ歩んで来たひとならではの非常に興味深い逸話にあふれた良書であった。
ちょっと前にも記したが、わたしは戦後の仙花紙書籍・雑誌の紙面から立ちのぼる、まだ完全な秩序を回復してはいない日本社会の鬱勃たるエネルギーの匂いを嗅ぐのが好きであり、同時に、そこにノスタルジーのようなものすら感じてしまうヘンな人間なのであるが、飯田氏によって回顧される人士のなかには意外なビッグネームも散見されて興味深かった。たとえば『奇譚クラブ』に執筆していた戸山一彦こと野坂昭如、あるいは、飯田氏によって『裏窓』に寄稿させられた松井六郎ことテディ・片岡など……。そして、そうした豊かな人脈のハブには久保藤吉(久保書店経営者)という(金儲け一筋の通俗的人物ではあるが)雇った編集者の才能を信じすべてをまかせることを旨としていた稀有な出版人がいたことを知ることができた。

さて、当書が最晩年のインタヴューになってしまった飯田氏であるが、昨今では女子アナが気軽に「亀甲縛り」などという業界用語を口にするのが驚きであったそうだ。なんとなれば八十年をこえる人生のなかで、氏は一度も冠婚葬祭に呼ばれたことがなく、それどころか、自身が主催する緊縛研究会の会員からは「たのむから外に出るときはそばにいてくれるな」とまで懇願される始末であり、彼ら変態紳士と酒宴の席へ移動する際などはあえて距離を置いて歩かざるを得なかったなど情けない思いを味わわされてきたからである。氏は悪書追放運動の先頭に立つPTAから吊るしあげをくらい延々と罵詈雑言を浴びせられた顛末を怒気を含んだ様子でふりかえっているが、貴重な同好の士にまで自身の存在をタブー視されたことは、氏の生涯の寂寥感を一層深めたであろうことは想像に難くない。

聞き手の小田光雄氏によると、同シリーズの内藤三津子『出版人に聞く10 薔薇十字社とその軌跡』を併読すべしとのことだったので、後日借りて読了した。こちらもたいへん興味深い逸話がまんさいだった(そのうち両書とも購入しようと思う)。

薔薇十字社とその軌跡 (出版人に聞く)

薔薇十字社とその軌跡 (出版人に聞く)