15年ほど前に働いていた職場では隣席がプロテスタント信者のAさんであった。

彼女は高卒であったが仏蘭西語が達者であった。30歳のときそれまで勤めてきた会社を離職することになったそうだが、御尊父が「焦って再就職活動するよりかねてから願っていた欧州留学を実現してみたらどうか?」と留学費用をポンと投げ出してくれたのだそうだ。といっても実家の経済状況は決して楽ではなかったようで、なけなしの不動産だか動産だかを売却して得たお金だったということだ(御尊父は病弱であり、自身の寿命がそう長くはないことを密に予見されていたらしい)。

英語もろくにできなかったAさんは彼の地で仏蘭西語を猛勉強し、日常会話も読み書きもまったく不自由しないレベルとなって帰国した。でも語学を習得したことよりも世界各国からやってくるキリスト教徒と同じ寮に住み、日夜信仰について語り合い友情を深めることができたことが人生の宝だと云っていた。それこそが語学習得への強い動機付けであったとも。

彼女は障害者への無償支援活動を生涯の奉仕職と決めていたので、アフター5or休日の付き合いは全て断わっていたらしいのだが、そのことが災いし、帰国後に得た仕事をリストラされたと言う(いまでは嗤い話かもしれないが、当時はまだそうした会社は存在した)。「どうしてそれが理由だと分かったの?」と訊くと、「あなたは仕事はできるけれどちょっとコミュニケーションがとりずらい面があるし、協調性という意味でも同期に入社した方が優っているので残念だけど・・・」と直接告げられたとのことだった。

皆とも良い関係が築けているとなんの疑いも抱いていなかったのに、「仕事は申し分ないが<コミュニケーション=仕事以外の付き合い>が不足しているから」という理由でリストラされたことがショックでしばらく鬱病に罹ってしまったと、ちょっと憤った表情で語っていた。

「いやしかし、失礼だけど、なんで外資に行かないの?」と訊くと、「え!? だって高卒だし」と不思議な顔をしているので、「いや、それは分からないよ。すくなくとも日本企業より門戸は広いかもしれないよ…」と、当時はそれほど情報を得ているわけではなかったので断言を避ける形でアドバイスしてみたのだが、Aさん、あれからどうしただろうか。どこかの会社の面接で、「あなたこーゆーの、サクサクサクっと作成できますか?」と問われ、おそるおそるPC画面をのぞいたら、現在悪名高き「エクセル方眼紙」がモニター一杯に広がっており、そのまま目をパチクリして帰って来たと話していたのだが、なんとか生きて居るだろうか。。。