徳間ではなく早川だから大丈夫かなと思ったので、
ジョージ・フリードマン『 100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図 』(早川書房) なるものを読んでみた。

訳者あとがきによると著者はハンガリーアメリカ人であり両親はホロコーストの生き残りだそうだ。「歴史は何が起こるか分からない」「世界史では荒唐無稽なことも起こり得る」という前世紀の教訓と、地政学を基盤としたドライな歴史観によって今世紀を見通していこうという寸法の本である。
全編にわたって躊躇なく予言者ぶりを発揮しているので筆致に勢いがあって読みやすい。地図が要所要所に挿入されていること、各章末に簡潔なまとめがあるのも有難い。

白眉は2050年あたりに勃発することになるU.S.A.対日本・トルコ連合の宇宙戦争だ。「たった40年先の出来事としてはあまりにもSF的で先走ってはいないか?」と読者から疑義を呈されても、「2010年の現状と40年前を比較しその変化について考えてみよ」と著者ならば答えるだろう。

U.S.A.の宇宙軍事戦略衛星「バトルスター」(“デス・スター”のグーフィー・プロトタイプといった代物で著者の想像物)を、日本は密かに建設していた月面(ではなく月の地下)軍事基地から「感謝祭」当日に奇襲攻撃し(ヨムキプール戦争、テト攻勢を連想させる第二の真珠湾攻撃!)、バトルスター・システムの破壊に成功する。
それに端を発する宇宙戦争は日本が五万人、U.S.A.が数千人の犠牲者を出すものの、都市攻撃は皆無にして民間人被害者も殆どなしの、最新テクノロジー兵器による局地戦(核兵器未使用)で終息するそうだ。兵器としては、光学迷彩、電脳化人間、レプリカントこそ登場しないが、機甲兵(モビルスーツのようなものを装着した兵士)が活躍し、太陽光エネルギー、各種ロボット、極超音速兵器、宇宙配備兵器などが主役となる。

そこらへんの描写は実に自由闊達であるが、一度は苦境に陥ったU.S.A.が密かに準備していた二ノ矢、三ノ矢戦略及び大戦下に於ける軍事産業の活性化・ハイテク産業界の超人的な努力により、相変わらずオニのように強大な力を容赦なく発揮し、日本はそれを傍観したまま敗退するというシナリオには流石に苦笑を禁じえない。

しかし、である。著者は予測が詳細になればなるほど実現確率が低くなることを断りながらも、本心としては一切留保のない気持ちでいるのではなかろうか、と想像してみたくなる。
予言・予測の意義は、現状(Under Status Quo)のままでは出来・招来してしまう望ましくない結果を回避することにこそあるが、著者にとってそれは儚い望みであり、歴史は必然であって変えることはできないという堅い決定論の立場に(本気で)たっているのではないかと、なぜかそんな読後感が頭を占めるのだ。

問うひと 「前段においてこれらの予測が的中し続けるならば、日本・トルコの政策決定者たちはこの書物を真面目にとりあげて最悪の事態を回避するよう行動し、その結果、最終的な予測は実現されないのでしょう?」

著者 「いや、この通りとなるのですよ」

問うひと 「じゃあいったい、先生のお書きになったこの本は何のために存在するのですか?」

著者 「神が私に与えた知性の力を示すため、ただそれがためです」

これは端的に、ユダヤ系知識人にはユダヤ教の影響が深く根ざしているという私の臆見によるものではあるが、それを仮定としながら読んだ方が一層楽しめる本であることに違いないのではなかろうか。


100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図

100年予測―世界最強のインテリジェンス企業が示す未来覇権地図