いとうつくし

三十をすぎたあたりから何ゆえか、幼子がとてもかわいらしく感じるようになった。
幼稚園から小学校低学年のころも、近所の赤ん坊や幼子がとてもかわいらしく感じた時期があったことを覚えているが、最近の煩悩は、とっくに親になってもいい個体の生物的反応なのかもしれない。

このあいだの節分にも、いまどきめずらしくハンテンを着た4歳くらいのおのこが、でんろく豆のおまけと思しき鬼面を阿弥陀に被って、ひとりでエッチラオッチラ 都立大学本通りの坂道を駈けてきたと思ったら、オレの目の前で、でんろく豆の袋をずさっと落としたまま行ってしまったのでソレを拾って追いかけてあげると、その児はお祖母ちゃんに手を握られてをり、「ホラ、おにいちゃんにありがとうと言いなさい」といわれて、そのまま鸚鵡返しに「アリガトウ」と言う姿が、とても可愛らしいのだった。

そして家にかえってフト「枕草子」の一節を思い出し、不思議なことだが、目頭の熱くなる自分がいた。

二つ三つばかりなるちごの、急ぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを目ざとに見つけて、いとをかしなる指(および)にとらへて、大人などに見せたる、いとうつくし

こうした折にふれて、母国が生んだ一千年前の天才の文章がありありと浮かぶというのは、言葉の王国に生まれた者の僥倖に相違ない。