記憶の端で黒光りするH書店よ

早稲田の古本屋街は「果たしてそう呼ぶにふさわしいのか?」と疑問に思うくらい廃れてきてしまっている。

高校時代の同級生H君の実家「H書店」が店仕舞いしたのが、およそ15年くらい前の話だったと思うが、いま憶えば界隈衰退の予兆だったのだろうか? 「早稲田の顔、というより、もっともカオティックな古本屋」と親しまれ、某ライターさんからは「冬場にいくと一酸化炭素中毒にかかる虞れがあった・・」とあたたかに懐旧の情を抱かれるなど、きわめて個性的な店舗なのであったが、おれのようなズブの素人が一歩店内に足をふみいれると、黒茶色に煮染められた三十年以上昔のクタクタ文庫本やらボロボロ箱入本やらに「ぞわぞわぞわーーっ」と侵襲されるような心地がしたものだった。

結局買ったのは一度だけで、それはたしか、ド・ラ・メトリー『人間機械論』(岩波文庫)だったような気がする。

H君は諸星大二郎ファンだった。某私大で仏教を勉強していたはずである。高木ブーさんの娘さんと小学校だか中学校だかが同じだと云っていた。