“御覧じろ、五郎次郎”

Nさんから春以来の電子メールが届いた。
それによると彼はあいもかわらずセドリで小遣い稼ぎをしているらしいのだが、ネット上ではなく取り揃えが文学中心の古書店に出向き、店主と文学談義・俳句談義を愉しみながらの取引きらしいので、まことに風流なことだと感心した。

つい最近の釣果は、ブックオフ某店にて、ジャン=リュック・ゴダール監督『小さな兵隊』のDVDを格安で入手したとのこと。

そこで思い出したのが「大型本企画」である。
発案は迂生であり、その内容とはそれぞれが読みたいと思う大型本をそのまま携え、帝国ホテルのラウンジで読書し、そののち旧帝都をあてどもなく散策してみるという、本当に暇人向けのおちゃらけな気散じなのであった。

当時そんな酔狂なくわだてに反応してくれる人物は(今もではあるが)Nさんくらいしかいなかったので、思い立ったが吉日とばかり持ち掛けてみたところ、当時Nさんの下でアシスタントをしていた義塾のA君(Nさん曰くこれまで最高の人材)と、同じくかつて彼の下でアシスタントをしていて、ちょうどその頃某文学賞受賞作品単行本のカバー画をてがけて有卦に入っていたBさんまでをも引っ張り込む形となってしまい御二人には大変申し訳なく感じたものであったが、そんな馬鹿げたアイディアの元というのは、ゴダール監督『気狂いピエロ』の主人公・フェルディナンが逃避行のさなか大判の冒険活劇漫画『ピエ・ニクレ』を携行していたシーンにあり、Nさんがうけあってくれたのも(おそらく)それが理由だったからであろう。

なので本当は東京近郊の、美しい並木道があったり、岸辺があったり、古い小さなボーリング場があったりするロケーションが望ましかったのではあるが、そのためにロケハンするまでのものぐるほしさはなかったのでなんとなくだらだらした感じではあったのだけど、すくなくともおれのなかでは、ささやかながら愉しい思い出となっている。

いまとなってはなぜそれを選択したのか意味不明だが、おれが携行したのはジョットの画集だった。Bさんはジョージア・オキーフの画集だったろうか。NさんとA君についてはまったく覚えていない。

帰り道、たしか銀座あたりのギャラリーで某著名装丁家が個展をひらいていたのをみつけたのでそのまま入店し、Bさんが果敢に名刺交換したところ、某著名装丁家はわれわれが大きな本を抱えていることにすぐに気づき、「みなさんは担当の編集者さんなのですか?」みたいなことを訊いてきたのであるが、根がまっ正直なBさんと、ヘンに格好付けることを蛇蝎の如く嫌うNさんはわれわれ一団が酔狂な暇人の馬鹿げた集まりにすぎぬことをそのまま白状し(Nさんについてはむしろ誇らしげともいうべき表情であったが)、それに対して某著名装丁家「え???は???」みたいな、きわめて常識的な反応を示されるのであった。

正直いうとおれは可也こっ恥ずかしい気持でいたのではあるが、さりとて黒歴史というほどでもないので、上記前世紀末の出来事を今日ここに記することとした次第である。