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世界中の医学系論文誌をコピーするアルバイトをしたことがあった。創業者はアイデアマンのようでずいぶん儲けているらしく、2棟の自社ビルを所有していた。

まだインターネットなど耳にすることすらない頃だったので、大学図書館に通う暇のない全国の臨床医からひっきりなしに注文FAXが届いた。
彼らは製薬会社からお金をもらって新薬を処方しその成果を論文に発表しているようだった。まだぎりぎりバブルの時代。

もちろん著作権的にはグレー、というか、おそらくアウトな裏稼業なので、3ヶ月も真面目に働けば必ず社員にしてくれることを周囲から教えられた。劇団員の女性や、芸術家の卵、スタジオミュージシャンを目指して北国から上京してきた青年、出稼ぎの台湾人女性などなど色んな人たちがいた。幹部のひとたちは従業員に対して優しかった。商売柄出来るだけ現場の不満を吸収しようとしていることが見て取れた。

仕事は、欧米と日本の医学誌がぎっしり並べられた書庫から注文の論文誌を引き抜き、該当箇所をコピーするという超単純作業である。

そのなかで一際目をひいたのが Plastic and Reconstructive Surgery 誌だった。奇病・畸形の形成に関わる施術報告写真・図版が満載だったのである。

いまでも脳裏に焼きついているのが、リーゼント風な髪形にサングラスをかけた患者の、施術前、施術中、施術後のモノクロ写真である。術中のそれはまさにブラックジャックのひとこまを想起させる一枚であり、それだけでも十分なインパクトを有していたが、術後のそれが名状し難いビザールな印象を与えるものであったのだ。

どういうものかというと、患者の顔全体が木乃伊のように包帯でグルグル巻きにされた一枚と、包帯を取り去られて微笑んでいる一枚の対の写真であって、最後のそれはおそらく完治したことの証左となるものだったのに違いないのだが、一体どう表現していいか分からないのだけど、あえて言えば、人間としての感触とマネキン人形の感触が混交した質感の人工顔面に患者お気に入りのサングラスをかけてみましたという体の、米国的なグロテスク・ジョークを髣髴させるものだったのだ。

もちろん大真面目な学術誌なのでそんな印象を受取ってしまう私の脳味噌の方に問題があるのに違いないが、いまでは手術一般が「ビザール」という言葉に連結されてしまうことになったのはその論文の影響なのである。人間が人間を手術するという光景がどれほど人間の叡智を象徴していようとも、私から視るとどうしてもビザールな要素を払拭できないのだ。