Geko
まだ前世紀中のことだけど上司と外部スタッフのFさんとで出張して現地のひとと盃を交わすことになったときは往生した。上司は大病から奇跡的に復活したばかりなので飲酒は御法度。すなわち、その上司の分も引き受けなくてはならない状況だったのだ。
なんとかその場をもたせて宿に帰って蒲団のうえでグロッキーしているとFさんが戸を叩いてくる。
「さあー遅くなったけどメシ食いに行きましょうや!」
半眼のまま、その土地に数軒しかない中で一番まともそうな居酒屋に入ったものの、椅子に腰掛けるのが精一杯で目の前に置かれた焼き魚をぼーっと眺めていた。
「そーいうときはね、無理やりまた飲む! そーすると元気が戻ってくるもんなんですよ」と、Fさんが無責任なことを言いいながら冷え冷えの中ナマジョッキを俺の前に置いた。
中学生のころから酒を飲みはじめ、高校生のときには友人の実家の屋台を手伝っていたらしい<酒≒水>のFさんは、とこしえに下戸の気持ちなど分からないまま死んで行くのだろう。
- 作者: 石川淳
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