戦時中に旧制中学校生だった亡父から聞かされたなかで一番印象的だったのは、都電のなかで英語の教科書を読んでいたら、降車しようとしたおぢさんから「非国民め!」と怒鳴られたという話だった。
「国のために戦って死になさい」と優秀な生徒達を航空隊へ送り続けた教師が終戦直後一転して「民主主義万歳!」とあいなった顛末なんかよりも、おれは、敵情を知るためには、あるいは、勝戦後の統治のためには先ず言語の学習からという姿勢で勉強している皇国少年に対して、街なかのおぢさんが如上の言葉を吐いたということが、なんというか、太古から日本列島に住まう妖怪が憑依した仕業のように感じられてならなかった。