2017年極月某日

出張ではるばるやって来た近江(名古屋)駅.
革靴の紐に蝗をむすぶ.

「なんスかそれ!?」と出迎えに来た担当青年に苦笑される.
これは御当地のとっくの昔に廃れてしまった慣習に倣ったもの.
ちょっとした受け狙いでもあったのだがどうやら大はずしの様子.
昔日の旅人は「おぬしは熱田, 貴公はお伊勢, あたしゃ(弘法)大師へ詣でます」と自分の目的地がどこであるかをはっきりと唱えて
目的地までの旅がつつがなくゆくよう
御当地の社稷に御先神をあてがってもらっていたのだ...

蝗を靴紐からほどいてジャケットのポケットにいれる.
蝗の力強さを掌に感じる.
担当青年が率いてきた後輩社員たちが
「よく虫を手でさわれるなw」
「ポケットにいれちゃってるよww」
などと囁くのが聞こえる.
いくらなんでもビジネスの場面で初対面の人間に対して失礼な言い様ではなかろうか? キミたちはもう学生じゃないのだよ――と思う.

場面一転して駅近くの喫茶店.
店内は会議室調ではあるが暖色系の照明がモダンなムードを醸し出している.ハメ殺しの窓から街を見下ろすと平日だというのに大した賑わいだ.
「渋谷はいつもこんなもんですよ」と担当青年が言う.
近江(名古屋)駅付近にも古くから独自に「渋谷」と「表参道」があり
東京のそれと較べても全く遜色のない繁華街なのである.
そのことを何十年も忘れていた.
眼下の渋谷を眺めているうちになんだか元気が湧いてくる.

(ふたたび場面一転して)
投宿先となった日本旅館.
蝗をどうするか思案する.

ラジオより, 捕獲した蝗を近江(名古屋)の渋谷にむけて放ったという
北海道の学童たちを紹介するニュースが流れるのを耳にして
そもそも近江(名古屋)駅付近こそ《蝗の聖地》であることを思いだす.
こんな大切なことをなぜ忘れていたのだろう?

明日近江(名古屋)駅前で蝗を放つことにしよう.