その携帯ショップ前を通りすぎた日曜の澁谷なのだが
歩く先のL字溝にヘドロの塊があるのを確認し それが一瞬 じつに奇妙な動きをみせるのを見逃さなかつた
一体ソイツが何なのか 傍を通過するときに凝視すると あたかも体半分がヘドロ状態へと溶解しつつあるが如き泥泥のドブ鼠なのである
迂闊にしてをれば それこそ偶さか鼠形に凝固した汚泥に違いあるまいとその場を通り過ぎるだらう異形と呼ぶほかのない物体Xなのである
産廃業者の車輛からこぼれ落ちたのか 将又 ドブ浚いのシャベルによつて抛り出されて打ち捨てられたのか......
その物体X鼠は木工細工のやうな といふよりも カメレオンのやうなランダム的動作でカク・カクと とりあへずの前進を果たしてゐるやうなのだ
狂ふた恋人たちの眼に触れることになれば 即その場で殺戮されてしまふであらう類のない気味悪さではあるのだが おれは 奴は最期まで歩かうとしてゐるのだなと感歎してゐた
そしてまさに斯様なる奇想を詠じた安井浩司と田荷軒翁の句があることを思ひ出してゐた


安井浩司

死鼠を常のまひるへ抛りけり
死鼠へいきなりかぶさる浄瑠璃

永田耕衣

病亀液化して緑の道円にぬれぬ