半ちくだった悲しみに
会社の創業者が米国からやってきて、スタッフ一人ひとりに是非とも挨拶したいと述べられ、取締役の発案により、スタッフ数十人が順繰りに彼の前へ出て、一言かけながら握手するという寸法となった。
皆さん口々に 'Nice to meet you' 'Thank you' と、ほとんど同じフレーズで声をかける。
私は少々つむじが曲がっているので、機械的に同じフレーズを繰り返すのはいやだなあと思い、'My pleasure'と言ってみた。創業者は笑みを絶やさず、やさしく握手してくれた。
しかしである。どこか腑に落ちない。言ったあとになって、ちょっと語法的にふさわしくないゾという気持ちがど〜っと沸きあがってくる。
自分の机にもどって、いろいろググってみると、圧倒的に標準的な 'No problem' 'Any time' 'Not at all'と同義の表現としてリストされている。勿論それは分かっているのだが、'It's my pleasure to meet you'として明記されたものがない。
いやいや、たしかに、たとえばインタヴューの冒頭や、普通のひとが有名人に出会って握手する際にそれを発していたシーンをTVやなんやらで何度か見ているのだ......。いや、ちょっと待てよ、そうではなく、実は、直前のカットが省略されており、そこでは、まず相手が「感謝」的なことばを投げかけていたのではなかったのか。
「わざわざ遠くまでインタヴューに来てくれて、ありがとう」
「マイプレジャァー」→握手
「おれのNew Album買ってくれたの? ありがとう」
「マイプレジャー」→握手
「そんな喜んでくれるなんてうれしいよ」
「マイプレジャー」→握手
むーん。次第に忸怩たる気持ちに支配されてくる。
創業者はスピーチで日本法人の日々の頑張りに対して感謝を述べ、ぜひ皆さんと握手したいと述べられたので、完全に滑稽な誤りではないかもしれないが、これだったら、'It's my pleasure to meet you'と教科書どおりに言えばよかったのだ。
実は、迎える側が「気ヲツケ」よろしく直立した姿勢で勢揃いしていたことに対して、彼は、「ミリタリートレイニングかと思いました(笑)」と、おかたいムードを揶揄していたので、ここではむしろ、
「ヤッター!」あるいは、「ボンサイ!」と叫べば、明るい職場の印象をお持ちくださったかもしれない。
ただしその場合、先日のズボンの穴と同じように、社長に廊下に呼び出されて御咎めを受ける仕儀となったかもしれないけれど。