ドローン法悦境

ドローン(drone)とは「持続低音」と訳されるのだろうか。
パイプオルガン、バグパイプなど、オルガン系の音色がお馴染みかもしれないが、ようは、ぶおおおおん、どおおおおおんん、ずおおおおおん、といった身体髪膚で受け止めざるを得ないような低い響きのこと。音楽に限らず、工場、重電機類、ジェット機等など、また人工物に限らず、噴火、雷鳴、怒涛、地響、街の喧騒など所謂サウンドスケープ的にも重要な要素となる「響音」のことだ。

私はこのドローンをなんとなしに味わいたくなる時があって、といってもその刹那に雷鳴が轟いてくれるわけではないので、Ton Koopman『John Sebastian Bach Toccata&Fuge』(Grammophon)の、とりわけ、「Passacaglia in C minor, Bwv582」を聴いてみたりする。でも、それでは物足りない状態にある時は、チベットの仏教音楽Ⅰ〜密教音楽の真髄』(ノンサッチ民俗音楽シリーズ17、ワーナーミュージックジャパン)に登場してもらう。採録地は、印度はヒマラヤの麓、ヒマチャルプラディッシュ州タシヂョング地区カンパガール寺院。1973年5月26日の録音である。

1.グル・パドマ・サンバーヴァの為のツェチュ賛歌
 ここでは、活仏であらせられる、カムトゥル・リンポチェによる、ホーミーのような唱声(低音)が続く。
2.地獄の王、マハーカーラへの声明
3.地獄の王、マハーカーラへの荘厳
 使用されている楽器は、俗にチベッタンホルンと呼ばれている、ドゥンチェン(最重低音)ラクドゥン、ブゥラク。そして、ギャリン(リード楽器)、ンガ(太鼓)、ドゥンカル(法螺貝)、ダマル(振り太鼓):リズム進行、ティルブ(振鈴)、スィルニェン(シンバル)などである。

マハーカーラは「大黒天」と訳されるが、我国の大黒様とは違って、仏法を守護する忿怒仏であり、異形の神である。でも、「地獄の王」というのは正しいのかね?閻魔大王にあたる守護仏は「ヤマ」ではないだろうか。マハーカーラのイメージ自体は確かに”地獄の王”といってもいいけれど。
十年近く前、原宿の東郷神社・蚤の市にあった、チベットの方(早稲田大学?で講座も持たれていたそうだ)の露店でマハーカーラのタンカ(画布に描かれた曼荼羅)を見つけ、2万円近くしたのだけれど買ってしまった。チベット仏教美術の魅力というのは、なんというのか魔力という感じがするくらい煩悩をかきたてられてしまうのである(密教徒にとっては笑止千万な話でせう)。

ところで音の方は、もう文句なし。
活仏による声明に対して、忿怒仏・マハーカーラが応えているかのような畏れ多い緊迫感に溢れる様は圧巻だ。また、ドゥンチェン(最重低音)から鳴り響くドローンの持続力に、演奏者への畏敬の念を禁じえない。早朝なのだろうか、ときおり、鳥の啼き声が聞こえて、目に見えないヒマラヤ山脈までもが立ち現れてくる気がする。

《チベット》チベットの仏教音楽

《チベット》チベットの仏教音楽